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1日目 平泉~田沢湖  ①
東北で10日間、どこをウロついていたのかと言いますと、ざっと ↓
 
平泉 → 角館 → 乳頭温泉 → 田沢湖 → 小岩井 → 八幡平 → 十和田湖周辺 → 三陸海岸 → 遠野 → 女川 → 松島 → 塩釜 → 蔵王 → 山寺 → 米沢 → 裏磐梯 → 会津若松 → 大内宿 → 妙高高原 → 安曇野 → 飛騨高山 → 帰宅

東北ってなんか遠いんですよね~ 北海道は行けても東北はパス・・って感じで。 そんな遠いところ、折角行くなら出来る限り網羅したい!と予定を立てました。
とはいえ足を伸ばせなかったところも多いんですけど。。

7月10日(金)正午前、出発
途中、滋賀で仕事の打ち合わせをして2時、新名神の甲賀ICから高速に乗り、一路初めの目的地、平泉へ。
片道約1000km・・ なんだか気の遠くなるような距離です。
最短は北陸道を通って新潟周りがベストですが、少し距離が伸びるものの上信越道で長野の景色を見ながら走りました。

メチャ遠い~と思っていましたが、休憩を取りながら平泉の手前のSAに夜11時半に到着。
なんか拍子抜けするほど早かった! で、この日だけは車中泊
朝一、中尊寺に向かいます。
s-H21-7-24-1.jpg

金曜から出掛けた理由は唯一つ
s-H21-7-24-2.jpg
みんなこれにつられて散財するんですね。。

中尊寺も近づいてきた時、『高館 義経堂』 を発見! 
ここは義経が自害した最期の場所。 立ち寄ることにしました。
義経堂入口

階段を上がると小さな丘で、眼前には北上川が滔々と流れ、牧歌的で素晴しい眺めが広がっていました。 写真でなかなかお伝え出来ないのが残念です。 
ここで一句。
北上川 
             夏草や  兵どもが 夢の跡

聞き覚え、ありますよね? 
旅に出た松尾芭蕉が、正にこの場所からこの景色を望み、義経の悲運を悼み藤原氏4代の儚さに涙して詠んだ 『奥の細道』 の有名な句です。
左端に小さく見える山の麓が衣川古戦場跡。 平泉に落ち延びた義経を3代目がかくまった為、源頼朝の圧迫に耐えかねた4代目が、ここで弁慶ら義経勢を急襲したそうです。
旅行の始めの地で、のどかな風景と裏腹に物悲しい気分になってしまいました。

さて肝心の義経堂。
義経堂
受付のおじさんがお掃除をしてました。 観光客は私たちだけ、静か~
義経の居宅のあったこの場所に、400年前伊達氏が偲んで建てたそうです。
中には義経公が鎮座しています ↓
義経
小さな資料館もあり、義経ファン必見かも!?

おっと・・・義経堂でこんな長話になってしまいました。 次は中尊寺へ。
参道の入り口に 『中尊寺ハス』 が咲いていました。 
中尊寺ハス
800年の眠りから目覚めた、とっても奇特なハスなんです↓
中尊寺ハス

ここでハスの写真を撮りに来ていた地元のおじさんと、ちょっとおしゃべり。
その方に、前々から不思議に思っていた事を尋ねてみました。
世界遺産にリストアップされながら、何故登録に至らないのかと。
答えは明瞭、 『ここは浄土が感じられないから。』
合戦で失われた霊を極楽浄土へ導き、争いのない国を築こうと初代藤原氏が建てた中尊寺。 源頼朝に滅ぼされ、多くあった建物も次第に荒廃消失してゆき、当時のものが現存するのは、金色堂のみ。
『浄土があるか見ておいで。』 とおっしゃる。

ではでは浄土を捜しに、Let’s go!
中尊寺門

【中尊寺本堂】
中尊寺本堂
                                         ↑
新緑が綺麗な参道。
中尊寺小道

【鐘楼】
s-H21-7-24-22.jpg

【峯薬師堂 内部】
s-H21-7-24-23.jpg

【金色堂】
金色堂
覆殿の中にお堂はあり、それはそれは見事でした。
須弥壇は夜行貝やアフリカ象の象牙が施されとても絢爛豪華ですが、残念ながら写真撮影は禁止。 こちらを参考に→ 金色堂
芭蕉翁、ここで一句。

           五月雨の 降残してや 光堂

中尊寺 芭蕉
唯一残った金色堂を見て、雨もここだけは避けて通ったのだなぁ・・という意味だそうな。 
で私の感想ですが。 う~ん。。確かに浄土は無かったかも。 
でもそんな目で見なければ、後世に建てられた建物がいくつも点在する美しいお寺でしたよ。 これほどの財力を誇った藤原氏が滅ばされなけば、日本の歴史も少しは変わっていたのかもしれない・・と思いました。
次は車で5分ほどの毛越寺へ。

【毛越寺 本堂】
毛越寺
藤原氏2代3代で整備され、数百もの僧坊を超える大寺院だったそうですが、これまた現存はせず。

【常行堂 & 鐘楼】
毛越寺1
伊達氏によって1700年代に再建された、境内最古のお堂。

ここの見所はなんといっても美しい浄土庭園。 凄く広~い!綺麗~
毛越寺3
毛越寺2

平安時代と変わらぬ美しさ。 
船を浮かべて乗ってたのでしょうか?昔の人は優雅ですね。
毛越寺5
毛越寺4

あらら・・ヒカル君。 カバンから出てきちゃダメじゃないの!
毛越寺6
                                      『浄土でつ。』
↑車の中から撮った写真。 庭園はお寺の外にもまだまだ続いていたのでした。

ヒカchanキラchan、浄土は感じられたかな? 疲れた顔してるけど。
s-H21-7-24-20.jpg
            『ずっとカバンに閉じ込められたでつ。』
 
この後、角館~田沢湖に向うのですが、今日は疲れたのでこの辺で。
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